田舎講師
片田舎の塾の講師です。 生徒との悪戦苦闘の日々を綴っています。
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DATE: 2008/10/31(金)   CATEGORY: 書籍
色川大吉『自由民権』
田舎講師のあんこです。

久しぶりに興奮しながら本を読みました。

色川大吉『自由民権』岩波書店、1981年

です。


自由民権運動を描いたものですが、自由民権運動の研究では古典なのかもしれません。

私、あんこは出来の悪い学生でした。

「生きることは戦いである」と私に言葉を贈って下さった先生は、

「ひとつの小さな歴史的事象を深く掘り下げることによって、そのことを明らかにすることと同時に、全体の流れの中での位置づけを考え、全体を問い直すような研究をしなさい。」

と、私あんこを励まして下さいました。

でも、私、あんこは当時は何が何だかよく分かりませんでした。

研究から遠ざかってしばらく時が流れて、今、少しずつ分かってきたような気がします。

何事もそうなのかもしれません。その時は分からなくても、時間が流れると少しずつ理解が深まるものなのかもしれません。

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DATE: 2008/10/28(火)   CATEGORY: 書籍
腹を抱えて笑う。
田舎講師のあんこです。

私、あんこは最近のお笑いについて行けず、最近テレビを観て腹を抱えて笑う、ということが少なくなったような気がします。それでも、腹を抱えて笑うことはあります。

テレビではなくて、本を読んで笑うことが多くなったような気がします。

今日はそんな「腹を抱えて笑う」ことができた本の話をひとつ。


ふかわりょう『小野妹子は男!?』

という本がございます。著者はふかわりょうです。別に私、あんこがふかわりょうに似てるから彼をヨイショしているわけではございません。爆笑でした。

この本は、ふかわりょうが学生時代に体験した「憤り」、「気まずい」、「さみしい」、「緊張」、「幸福」、そして「格言」が載せられています。

私、あんこが共感した「憤り」を紹介しておきましょう。

「消しゴムのカスをこっちまでとばしてくる斜め後ろの奴」
「ワークのはしっこで楽しそうに解説しているペンギンたち」
「メロンを食べた後ののどのイガイガ」

他にも共感できる「憤り」が沢山ありました。腹を抱えて笑いました。


生徒の皆さん。学校で感じることが出来る「憤り」や「気まずい」、「さみしい」、「緊張」そして「幸福」は学校という中でしか感じることが出来ません。もう少しで卒業ですが、学校生活の様々な所で憤り、気まずさを感じ、さみしさを体験し、緊張してそして沢山の幸福を感じて下さい。きっとそれがかけがえのない思い出になるはずです。

田舎講師の密かな願いです。
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DATE: 2008/10/24(金)   CATEGORY: 雑記
いちごのタルトといちごのしおり。
田舎講師のあんこです。

今日は妹が誕生日でした。

と、いうわけで、です。授業の前に…。
長瀬さん誕生日

ふたを開けると…。

長瀬さん誕生日

お誕生日おめでと~♪

でも、これだけでは終りませんでした。

いちごのしおり

私、あんこが誕生日だったわけではありません。なのに、です。妹は包装紙で「いちごのしおり」を作ってくれました。正直、感激です。

お誕生日おめでとうございます。「いちごのしおり」は大切に使います。

18歳のこの年が、貴女にとって素晴らしい年となることを、田舎講師は心の底からお祈り申し上げます。
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DATE: 2008/10/23(木)   CATEGORY: 歴史
皇弟
田舎講師のあんこです。

先日に引き続き、満州一万年王朝の話の続きを。

愛新覚羅溥儀には弟がいました。

愛新覚羅溥傑

です。

皇弟です。

実は、私あんこは不勉強で溥傑のことに関しては自信がございません。たった一度だけです。一度だけゼミで溥傑の妻・嵯峨浩(さがひろ)のことを取り扱ったテーマで発表したことがあります。今日はそんな記憶の欠片を少しだけかき集めてみましょう。

溥傑の妻は日本人です。嵯峨公爵家から妻を迎えたのです。

清は滅び、溥儀とその家族は紫禁城を追われ、天津の租界で生活していた頃だったと思います。満州に夢を馳せる関東軍は満州一族に接近し、溥傑を日本に留学させました。日本の陸軍士官学校にです。

だから溥傑は皇弟であると同時に日本の軍人でもあります。

日本に留学していた時に嵯峨浩と結ばれています。結婚式の式場は九段の陸軍会館だったと思います。

満州皇帝・溥儀に子どもが生れれば世継ぎとして満州国は満州族が世襲することとなりますが、溥儀は子宝に恵まれず、ようやく皇后が妊娠したと思ったら子どもの父親はなんと皇后付きの運転手だったのです。

後日談となりますが、運転手は殺され、皇后の子どもは死産だった。と伝えられています。本当に死産だったかどうかは皆さんのご想像に任せましょう。

一方で、溥傑と嵯峨浩の間に子どもが生れれば、半分は日本の血が流れた皇帝が誕生するわけです。暴走する関東軍の策略だったとも考えられます。しかし、「泣く子もだまる鬼の関東軍」でも感情までは自由にコントロールすることは不可能でした。二人の間には「愛」があったのです。

時代に翻弄された夫婦ですが、そこには国境を越えた「愛」があったのです。

と結べば少しは格好がつくでしょうか?

とにかく、です。

もし、興味が沸いたら、嵯峨浩の自伝『流転の王妃』を手にとってみて下さい。


今日はフトンを干したので、フカフカです。
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DATE: 2008/10/22(水)   CATEGORY: 雑記
最近は帰りが遅いです。
田舎講師のあんこです。

帰宅後、風呂に入るともうこんな時間です。


最近帰りが遅くなりました。受験戦争も終盤です。


妹たち、そして弟へ。

俺も良い授業が出来るように頑張るよ。


じさまへ。

最近あまり話をしていないけど、時間があったらまた若い頃の政治に関する話(主に赤城宗徳について)を聞かせておくれ。


秋の夜長です。今からフトンに入ります。

読みかけの本がぐちゃぐちゃにならないように気をつけます。
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DATE: 2008/10/18(土)   CATEGORY: 映画
その日、世界中が最後の皇帝にひれ伏す。
だったような気がします。正確には憶えていないのです。確か…です。

映画「ラストエンペラー」のキャッチフレーズです。予告編の最後にチラっと見ただけなので、正確には憶えていないのです。



田舎講師のあんこです。

今日は映画の話をひとつ。

「ラストエンペラー」は私、あんこの好きな映画のひとつです。

愛新覚羅溥儀は、清王朝の最後の皇帝です。親王家に生を授かり、一万年王朝の皇帝となり、そして死の際には一中華人民共和国人として死んだ人間です。

私、あんこは彼の波乱に満ちた生涯に魅力を感じます。


でも、それだけではないのです。

私、あんこが物心ついて初めて視た金曜ロードショーが「ラストエンペラー」だったのです。

確か、夏でお盆の頃でした。親戚のお兄ちゃんたちが田舎に遊びに来た時のことです。

「つまんねぇ。」

と、お兄ちゃんたちは言っていました。私、あんこも何の話なのか全くわかりませんでした。でも、溥儀の戴冠式のシーン、そして弟、溥傑との会話の中で、「紫禁城の外には出ることが出来ない。」と言っていたことをハッキリと憶えています。

昨夜、久しぶりに「ラストエンペラー」を視ました。深夜にです。

続けて溥儀の自伝、『わが半生』を読みたいのですが、読まなければならない本が山積みになっています。
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DATE: 2008/10/17(金)   CATEGORY: 書籍
成績なんて悪くてもいい。バカな大人にはならないで。
田舎講師のあんこです。

「成績なんて悪くてもいい。バカな大人にはならないで。」

私、あんこが高校1年の時の担任に言われた一言です。

私、あんこは非常に成績が悪かったのです。数学なんて目も当てられないような状態で、ついに留年の危機に立たされてしまい、進級試験なるものを受けさせられたのです。

そんな私、あんこに担任の先生は、

「成績なんて悪くてもいい、バカな大人にはならないで。」

と、一冊の本を下さいました。

三浦綾子『氷点』

です。

その時は「ありがとうございます。」と、受け取ったのですが、あまり読書が好きだったわけでもなく、むしろ「いらんことしてくれたなぁ」と思ってしまったのも事実ですが、この先生から「本を読むこと」を教わったのです。そしてもっと…もっと大切なことも。


これから大学に進学する皆さん。大学は時間が膨大にあります。そんな時、本を読んで欲しいと思います。私、あんこもこれからちょくちょく今までに読んだ本を紹介したいと思います。

先生、私、あんこは妹たちと弟たちに囲まれてそれなりにやっているようです。
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DATE: 2008/10/11(土)   CATEGORY: 雑記
今日から始まる新たな戦い。
田舎講師のあんこです。

今日から新たな戦いが始まります。

中学校3年生。


過去にも中学生をみたことはあるのですが、無法地帯と化してました。

現在みている高校3年生も若干無法地帯と化しているのですが…。


さてさて、どうなることやら。

生きることは戦いです。そうだと先生に教えられました。

今日から新たな戦いの始まり、始まり。です。
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DATE: 2008/10/08(水)   CATEGORY: 雑記
魔法の歌
田舎講師のあんこです。

以前から話はしておりましたが、私、あんこには何曲も何曲も魔法の歌がございます。

今日は、私、あんこを高校生にしてしまう魔法の歌のお話を。

GOING STEADY
「BABY BABY]
街はイルミネーション 君はイリュージョン
天使のような微笑み
君を思い出せば 胸が苦しくて 消えてなくなりそうだ
甘いシュークリーム 君はシュープリーム
月面のブランコは揺れる
夢の中で僕ら 手を繋いで飛んでた 目が覚めて僕は泣いた
永遠に生きられるだろうか
永遠に君のために

BABY BABY 君を抱きしめていたい
何もかもが輝いて 手を振って
BABY BABY 抱きしめておくれ
かけがえのない 愛しい人よ


特に意味なんてありません。この歌は私、あんこを青臭い高校生に戻してしまう魔法の歌なんです。今でも。そして、これからも…かもしれません。
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DATE: 2008/10/08(水)   CATEGORY: 雑記
憧れ。
緒方拳さん。

私は貴方が大好きでした。

貴方のような歳の取り方を素晴らしいと思ってました。

貴方に憧れてました。


もうブラウン管で貴方を見ることはできませんが、いつまでも憧れの存在であることに変わりはありません。


どうか。どうかゆっくりとお休み下さい。

ご冥福をお祈り申し上げます。
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DATE: 2008/10/03(金)   CATEGORY: 雑記
歌に関して考える。②
田舎講師のあんこです。

本日も昨日の「歌に関して考える」に引き続き歌に関して語ってみましょう。

おらじのじさま。つまり、私、あんこの祖父は昭和一ケタ生まれです。もうすぐ80歳になろうというじさまですが、ほとんど歌を歌うことはありません。私、あんこは一度しかじさまの歌を聞いたことがありません。果たして「歌」と言えるのかどうかも分からないのですが。

昨年まで学生だった私、あんこは、ゼミで茨城県内の旧日本軍が使用した軍事施設を調べておりました。旧陸軍の飛行場が私、あんこに課せられたテーマだったのですが、正確な位置が分からず、当時を知るじさまに頼んで、当時の地図を片手にじさまと一緒に現地調査に行った時のことでした。

私、あんこは車の中で意図的に軍歌をかけました。私、あんこの本当の研究テーマは「童謡」だったのですが「軍歌」もいつかは真剣に研究したいと思ったので、購入した(結構店頭では恥ずかしかったのですが)のです。それを聞きながら旧陸軍飛行場に向かったのです。普段、私、あんこの車に乗ると、

「やかましくてかなわん」
「何を言ってるのかまったく分からん」

と、お叱りを受けるので、ここぞとばかりに軍歌をかけたのです。


「同期の桜」
貴様と俺とは同期の桜 同じ兵学校の庭に咲く
咲いた花なら散るのは覚悟
見事散りましょ 国のため

この「同期の桜」が流れた瞬間でした。

じさまが、

「さ~く~ら~」

と口ずさんだのです。歌を歌ったじさまを初めて見た瞬間でした。


その日以来、食後の一服を付ける時には、「軍歌をかけろ!」とやかましいじさまですが、このじさまの感覚が少しだけ、私、あんこには理解できるような気がするのです。私、あんこにも、青春時代に返してくれる「魔法の歌」がございます。「軍歌」はあの世代の人にとっては「魔法の歌」である場合もあるのかもしれません。もちろん、それが嫌だ、という意見もあると思いますが…。

おらじのじさまにとっては「軍歌」が青春の一曲なのでしょう。

カーキ色の国民服に、ゲートルを巻いたじさまが、小さな国旗を片手に出征兵士を送り出した姿。そして咽喉が破れんばかりに歌った軍歌。少し想像できます。

当時、日本の軍歌は数え切れないほどありました。軍歌の歌詞に関しても、思うところはあるのですが、それはまた次の機会に譲りましょう。

そして、私、あんこを青春時代に返してくれる「魔法の歌」も、次の機会に譲ることにして、今夜はこの辺りで筆を置くこととします。
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DATE: 2008/10/02(木)   CATEGORY: 雑記
歌に関して考える。
田舎講師のあんこです。

今日は少し歴史から離れて、歌に関して考えてみようと思います。

皆さんには心に残る歌はありますか?私、あんこには魔法の曲が何曲かございます。青春時代を鮮やかに彩った曲は、私、あんこを青春時代に返してくれます。

歌は時として勇気をくれたり、励ましてくれたり、和ませてくれたり…

音楽って本当に素晴らしいですね。

と結んでしまいそうなのですが、続きがございます。


今日、流行している歌謡は恐らくラブソングが多いのではないでしょうか?きっと男の子たちは流行の曲に沢山勇気をもらっているのではないでしょうか?

私、あんこもそんな高校生だったような気がします。

この「歌」がナショナリズムと密接に結びついた時代がありました。そう。太平洋戦争の頃ですね。

一般の歌謡は禁止されてしまい、歌と言えば軍歌。という時代があったのです。

その時代に青春時代を過ごした若人たちは、何を以て青春の曲とするのでしょうか。


以下、続く。
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DATE: 2008/10/01(水)   CATEGORY: 歴史
紅白の決戦。
田舎講師のあんこです。

今日も歴史の話をひとつ。

紅白と言われたら皆さんは何を想像しますか?紅白歌合戦、運動会など、様々なものがあると思います。この紅白の起源は何なのでしょうか。九百年ほど時代を遡らなければなりません。

源平合戦にこの起源があるそうです。

源氏は白旗。
平家は赤旗。

この戦いに起源があるそうです。源平合戦、教科書的には治承・寿永の乱ですが、この戦いに勝利を収めたのは皆さんご存知の通り、源氏です。壇ノ浦の戦いで、安徳天皇、そして平家の直系は滅んでしまいます。

その後、征夷大将軍、つまり武家の棟梁は源氏にのみ許され、室町幕府、そして江戸幕府と源氏の家系で幕府は運営されるのです。白旗の天下です。

1853年、浦賀にペリー艦隊が訪れました。砲艦外交で以て強引に開国を迫ります。ペリーは国書を手渡し、そして翌年返事を貰いに来る、と言って日本を離れるのですが、この時に幕府に渡したのは大統領・フィルモアの国書だけではありませんでした。降伏用の白旗を渡していたと伝えられます。

白旗は源氏の旗。日本では天下の旗でした。

しかし、万国公法、つまり国際法では降伏の際に使われるのが白旗だったのです。

現代でも白旗は降伏の象徴ですが、紅白合戦も日常の中で使われます。


源氏の武神である八幡太郎義家は黄泉の国で白旗をどう思うでしょうか。
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